ふたつのケーキ / 西荻窪 グレース
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チヒロ(かもめと街)
2025.05.31
読者限定
「あら、あなたのイヤリング素敵ね」
隣に座った女性から声をかけられた。
もう10年ほど前のことである。
当時のわたしは過去いちばん体調が悪く、半年の間ほとんど家に籠る生活をしていた。出かける用事はお笑いライブに行くことくらいで、そうでもしなければ外へ出ようとしなかった。あらかじめチケットを取っておいた公演に向かう途中、とあるカフェで休憩している時のこと。偶然隣り合わせになった女性とおしゃべりが弾み、あやうく開演時間に遅れそうになるほどだった。
家にいると家族以外の人とほとんど話す機会がない。他人からおとなしいと見られがちではあるものの、話すのは好きなほうだし、知らない人と世間話を交わすことはとりわけ楽しい。
「西荻窪にお住まいなんですか!わたし、西荻が大好きなのでうらやましいです」
「じゃあ今度は西荻窪でお茶しましょう」
ついつい興奮にまかせて約束したけれど、次に会った時に宗教やねずみ講の勧誘でもされたらどうしよう。いつもはこんなことしないのに。