49cm2の幸福
まるでオブジェのようなうつくしい立方体が現れた。
じいっと見つめているのは、はたから見たら滑稽だろうか。食してしまえばあっという間だから、せめてしばらく観察したのちにからだに納めたい。このケーキを前にしたら、そう思うのも無理はないだろう。
もともと東駒形にあったfrom afarは、広い倉庫をリノベーションした天井の高い空間だった。当時はまだ下町界隈にはお洒落なカフェは少なく、ここに出会えた時の喜びをいまも覚えている。その後、田原町に移転し、その次の移転先が東向島だった。
その日は浅草での予定をすませた後で、慣れない緊張をほぐすにはどこが適切な場所かと、道端でいくつかの候補を頭に浮かべた。この数年、浅草は平日でものんびりとは歩けないほどの人の多さだ。さっき聞いた世間話によれば、インバウンドの恩恵をいちばん受けているのは浅草だとかなんとか。
知り合いがいるカフェか、はたまたチェーン店か、眺めのいいカフェスタンドか。こうやって考える間も猛暑で体温が奪われていく。早く決めなければ。この数日、人と話したり、話を聞いたりが続き、まるでパーティーのような数日だった。だれかと一緒にいる時間は大好きだけれど、どこかで同じくらい、ひとりになれる空間に身を置きたくもなる。そういう日に行く場所をGoogleマップでぽちりと保存している。
そういえばあのカフェ、東向島へ移転してから行ってないな。
浅草から東武スカイツリーラインのホームへ向かう。
数日前の花火大会の熱狂は灼熱の街にあっという間に溶かされていて、まばゆい青空と隅田川に連なる橋と堤防沿いの公園が眼下に広がる。
通勤で毎日乗っていたのはもう15年くらい前だっけ。息をつく暇もないほどの日々でも、電車が川を渡る間は窓からの眺めに夢中になっていた。どんな日でもわたしはこの景色に助けられていたし、どんなに重たい気持ちを抱えていても、毎日ちいさな希望を見つけようとしていたのだ。その健気さを思うと愛おしい。